阿見町立朝日中学校のフェンスの外から、自転車で通りかかった女子高校生2人から声がかかった。用務員の森田利夫さん(68)はうれしそうに手を振った。「あの子たちは2年前に卒業したOBだよ」
中学生から「話しやすくて楽しい」「両親と同じくらい大事な人」と親しまれる森田さん。昼休みや放課後、校庭の整備や植木の手入れなどをしていると、生徒が集まってくる。校長や教諭も一目置く。
実は学校を離れれば、町体協常任理事、社会福祉協議会評議員、生涯スポーツ委員長など町の公職の肩書を13も持つ。
森田さんは陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地に勤務する自衛官だった。体力に自身があり、スポーツに熱中した。身長は158センチと小柄だが、ソフトボールでは駐屯地のエース。国体県予選で何度か準優勝した。バレー(9人制)も後衛の要として、鉄壁なレシーブを誇った。マラソンは40代から始め、全国各地の様々なランナーと交流を深めた。
指導者としても活躍。バレーの町青年女子やママさんバレーの監督になったかと思えば、町民マラソン大会では実行委員長として先頭に立った。
数えると、町の公式行事や会議への出席は、年間120日にもなっていた。
「頼まれれば、いやとはいえない性格」。実績が評価され、昨年は県スポーツ功労者表彰も受けた。
会議には絶対遅刻しない。約束は必ず守る。「それが他人を思いやることにつながる」。自衛官生活を通じて身につけた教訓だ。
5年前、当時の町教育長が「今、用務員のなり手がいないんだよなあ」と嘆いているのを聞いた。「私でよかったら」。森田さんは自分から名乗り出た。
「かつて自分の息子、娘の教育は妻任せだった。仕事に夢中で授業参観など一度も出たことがなかった」。孫の世代と向き合おうと決めたのは、その償いの気持ちもあった。
毎朝7時に「登校」する。当初、あいさつのできない子どもが多いと気になった。それならばと、自分から積極的に声をかけた。1年後にはすっかり変わった。「やってよかったと思った」
授業中に反発して教室を飛び出してくる生徒もいた。森田さんがさりげなく声をかけた。話を聞いた後、「最後まで反抗して生きていくわけにはいかないよ」と諭すと、「うん」とうなずいたという。
28人の教職員は時に敬意を込め、「森田隊長」と呼ぶ。森田さんは「学校では私が目立っては駄目。それは常に意識している」と謙虚だ。
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